尻上がり


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KAT-TUNデビュー6 周年なので、本気出してKAT-TUNについて語ってみました


KAT-TUNデビュー6周年おめでとう!!!!!
 
 
 
 
本日3月22日は、KAT-TUNがCDデビューして6周年の記念すべき日です。
そんなおめでたい今日は、KAT-TUNについて、本気出して語ってみたいと思います。


わー。もうただでさえうざい私が本気出して語るとか嫌な予感しない。
と思った方。
 
 
 
 
 
 
ご名答。
 
 
 
 
 
 
 
しかし、今回ばかりは記念日ということで、KAT-TUNのことをもっと知ってもらおうと鬱陶しいのを承知で記事をしたためております。 
 
ざっくり言うとステマです。
開き直りの精神です。
 
 
 
文章をまとめるのがとにかく下手くそなので、とりとめのない長文となっておりますが、お時間のある時に読んで頂けると有難いです。
 
 
 
 
諦めないで!!(真矢ボイス)
 
 
 
メンバーのそれぞれの魅力について語ってみます。
 
 

T

まずは田口淳之介君の紹介をしたいと思います。
 
愛称はじゅんのすけから取って、“じゅんの”です。
「入口出口田口でーす!」の挨拶でお馴染みです。
ちなみにこのネタは関ジャニ∞の横山君が考案です。
使うごとにギャランティが発生する契約をキッチリかわしていたら、きっと今頃横山君は一儲け出来ていたんじゃないでしょうか。
 
 
田口君の顔がピンと来ない方は、「KAT-TUNで大体いつも笑ってるあの人」って言えば伝わるでしょうか。
現在はもろこしヘッドのような頭をしている長身の人が田口君です。
 
一見、その爽やかな笑顔と長身で、クールで大人っぽい、癒し系キャラに思われる人もいるかもしれませんが、実際は全然そんなことありません。
PVメイキングではいつも寝てるし、起きたかと思えばテンション高いし、メンバーで一番感動屋の泣き虫だし、よく寝て、よく食べ、よく笑う。
でっかい小学生だと思ってもらって構いません。
 
また、悪気はないのに人の良さそうな笑顔で唐突に毒を吐いたり、空気の読めない発言をして周囲を戸惑わせるということがよくあります。
 
結成当初は、そのマイペースな性格がメンバーに理解されず、なかなかグループの中で馴染めずに、一人浮いた存在になっていました。
その上、一番後輩なのにやたら馴れ馴れしくて、胡散臭い笑顔でダジャレを連発するというめんどくさい一面も備えていたので、短気なメンバー達の神経をよく逆撫でしたものです。
メンバーも若くて反抗期真っ只中だったので、「その笑顔がウザい」と言ったり、田口君の会話を遮ったりして会話の輪に入れない時もありました。
 
特に、一番自分とかけ離れた存在である田中聖君とは、本人達も「水と油」と言う程、とにかく相性が合いませんでした。
まぁ、まだそれ程仲良くない後輩に、いきなり「こぉき~!久々じゃ~ん!?」と話しかけられたら、イラッ、ってくる気持ちも分からんでもないんですけど。
 
 
それでも田口君は笑顔を絶やしませんでした。
いつもニコニコしながらメンバーの話を聞いていました。
 
普通なら腐ってもおかしくないような四面楚歌の状況でしたが、田口君はふてることなく、ダンスに情熱を注ぎました。
誰よりも遅くまで残ってダンスの振りの確認をして、時には分からないメンバーに教えてあげました。
そしてその抜群の運動神経で、難易度の高いアクロバットも習得していきます。
バク転が出来なきゃジャニーズになれない時代はもう過ぎ去りましたが、彼の長身を生かした激しいダンスとアクロバットはさすがジャニーズ、と思わず息を飲む迫力です。
 
そんな田口君の努力に徐々にメンバーも一目を置き始め、次第にメンバー同士の交流も深めていきます。
 
 
しかし、KAT-TUNのメンバーとも馴染んできた頃、田口君にとって大きな壁がはだかります。
 
 
KAT-TUNが5人で活動したのは、実は赤西君の留学が初めてではありません。
 
2004年、田口君は1ヶ月公演の舞台のリハーサル中、右足に痛みを感じ、病院に行きます。
そして、右膝に水が溜まっていると診断されます。
しかし、舞台に穴を開けることを恐れた彼は、溜まった水を抜きながら、無理して千秋楽まで舞台に立ち続けました。 
その結果、右足の大腿骨と膝の間の軟骨が損傷し、彼は手術を受ける為に入院を余儀なくされます。
手術後もリハビリの為、グループでの活動に長期参加出来ませんでした。
 
 
その頃ちょうど、KAT-TUNは大きく伸び悩んでいた時期でした。
ジャニファンの間では人気も知名度もあって、ずっとデビュー最有力とされながら、後発のグループが相次いでデビューし、KAT-TUNは遅れを取っていました。
ご存知の通り、ジャニーズはどれだけメジャーな活動をしてもCDデビューしない限りは正式なデビューとはならず、ジャニーズJrとして扱われます。(現在は生田斗真君など例外もあります)
それまでは自分達が後輩を従えてマイクを持って歌っていたのが、立場が逆転し、後輩のバックで踊らされるなど、KAT-TUNは苦渋を味わっていました。
 
 
デビュー出来るか出来ないか、いよいよ怪しくなってきたこの時期に、長期間グループを離れることは田口君にとっても残されたメンバーにとっても非常に大きな不安だったと思います。
しかも、激しいダンスやアクロバットを得意としていた田口君にとって、足の怪我は何よりも致命的でした。
誰よりも努力家の田口君が、人一倍努力をした結果、自分の最大の取り柄を一時的に失うことになります。
 
 
恐らく、田口君のKAT-TUNとしての人生で一番のピンチであり、挫折を味わった出来事だったと思います。
 
そんなピンチに真っ先に駆けつけたのは、水と油の相性と言われていた田中聖君でした。
他のメンバーも、それぞれお土産を手にお見舞いにかけつけました。
 
グループとしての存続さえ危ぶまれたこの出来事がきっかけで、田口君は、KAT-TUNにとって必要不可欠な存在だとハッキリと認識されることになりました。
田口君とメンバーは、このことで、より強い絆で結ばれます。
 
 
手術に成功し、グループ活動に復帰した田口君は、復帰まもないステージで、とても足を手術したとは思えないような華麗なダンスとアクロバットを披露しました。
しかしその舞台裏を映したDVDでは、まだ手術跡も大きく残っていて痛々しい膝を氷嚢で冷やしている田口君の姿が収録されています。
しかし田口君は明るい笑顔で「氷嚢落としちゃった!HYO~NO~^o^!」とカメラに向かって恒例の寒いダジャレを披露し、空気を和ませます。
 
 
田口君は、ただニコニコ笑ってるだけじゃありません。
どんなに辛い状況でも、絶対に腐らない前向きな強い心を持っています。
 
 
今、田口君はKAT-TUNのイジられキャラとしてメンバー、ファンから愛されています。
MCでも田口君を中心にして盛り上がることが多いです。
 
田口君がMCで全然喋れずに落ち込んでいた時に、次の回では田口君をメンバーの真ん中に入れて、会話に入りやすいようにしてくれました。 
昔は輪から外されていた田口君が、今では本当に楽しそうに、KAT-TUNの真ん中で伸び伸びとメンバーを振り回しています。
結成当時では考えられない光景です。
 
 
KAT-TUNの結成当時について、メンバーが口々に「あの頃KAT-TUNが嫌いだった」と語る中で、当時一番孤立していたであろう田口君だけが、「俺は最初から今までずーっと好き!」と語りました。
 
田口君は誰よりも純粋にKAT-TUNを信じ続けてきた、ただ一人の人物です。
彼の真っ直ぐで前向きな思いが、KAT-TUNのメンバーの心を溶かしたのかもしれません。
 
ちなみに田口君の今年のイチオシギャグは「ウソウソカワウソ」です。
是非使ってみて下さい。


 
 

T

続いて紹介するのは、先程から何度か名前が出てきている田中聖君です。
 
愛称は特になく、“こうき”と下の名前で呼ばれていますが、ラップを作詞する時は“JOKER”という名前になります。
ラップのリリックに唐突に「J・O・K・E・R」と入っていたりするのも、その為です。
最初は若気の至りでつけちゃった名前かと思ったんですけど、今現在でも恥ずかしげもなく“JOKER”呼びをしているのを見ると、どうやら彼は本気らしいです。


彼はグループの中でもかなり個性がギラついているので、KAT-TUNはあまり知らないという方でも彼の名前は聞いたことあるかもしれません。
名前を知らない方も、「KAT-TUNの坊主の人」と言えばピンと来るかもしれません。
よっぽどインパクトがあったのか、いまだに「坊主の人」という認識で通ってるところがありますが、一応報告しておくと、もうとっくに坊主じゃないですし、何なら現在KAT-TUNで一番のロン毛ですし、別のメンバーが最近ドラマで坊主にしたのでややこしいので、「あぁ、KAT-TUNのラップ歌ってる人?」という覚え方をして頂けると、本人も喜ぶんじゃないかと思います。 
以後、お見知りおきをお願いします。
 
 
さて、名前や存在の知名度はグループ内でも高い方の彼ですが、決して万人に受け入れられるタイプではありません。
むしろグループで彼だけは敬遠しているという方もいるかもしれません。
 
 
まずはそのアイドルらしからぬ外見です。
 
外見のガラの悪さなら、ジャニーズ内でもブッチ切り第一位なんじゃないか思わせるヤンキーのような風貌。
街で遭ったら避けて通りたいタイプです。目とか絶対合わせたくないタイプです。肩とか絶対ぶつかりたくないタイプです。
ジャニーズにも色んなタイプのアイドルがいますが、それでもジャニーズ=キラキラスマイルの王子様というイメージがいまだ根強い中、これほど王子様のイメージに程遠いアイドルも珍しいと思います。
 
 
本人自身も、「ジャニーズの壁をガリガリ削ってる」と語っていましたが、服装や髪型など、ジャニーズとしては異色なものにも沢山チャレンジし、また許されてきました。
いつしかそれが彼の個性になり、KAT-TUNの個性になりました。
 
彼はKAT-TUNの「不良っぽさ」を集約したような存在です。
逆に言えば、彼の「不良っぽさ」はKAT-TUNだから許されていて、他のグループで彼は絶対に通用しなかったことでしょう。
NewSに入ってたら間違いなく浮いてたね。
良かったね、KAT-TUNで。
 
 
また、その見た目通り、聖君はKAT-TUNの特攻隊長で、ライブではヤンキーのような口調でオラオラ煽ります。
コンサートで海賊に扮した時に発した言葉、「声出せねぇなら命はねぇぞぉぉおおおおおお!!!!!」は最早伝説となっています。
「え!?死ぬ!?」とファンの度肝を抜いたものです。
 
 
ぶっちゃけた話、素行の面でも真面目な優等生タイプではありません。
KAT-TUNでも抜群のお騒がせアイドルです。
爽やかでクリーンなジャニーズを愛する人にとっては、嫌悪さえするかもしれませんね。
 
 
しかし、そんなジャニーズらしからぬ怖そうなヤンキーの聖君ですが、私から見れば、グループで一番アイドル性が高いと思っています。
 
 
何を言ってるんだこの女、と思いましたか。
多くの同意は得られないかもしれません。
本人もせっかくジャニーズの壁を削ってる中、水を差すようで申し訳ないんですが、田中聖はジャニーズど直球だと私は思っています。
 
確かに見た目は非ジャニーズです。
金髪の坊主でこんがり日焼けのムキムキマッチョのヒゲヅラは、いくらなんでもテキ屋のにーちゃんでした。
テキ屋のにーちゃんの方がまだ話しかけやすいかもしれません。
 
 
そんな聖君ですが、中身はめちゃめちゃ正統派アイドルです。
 
アイドルにとって大切なものって人それぞれ色んな定義があると思うのですが、私は「ファンを喜ばせること」が重要なんじゃないかと思っています。
聖君は、それを多分メンバーで一番本能的に理解しているんじゃないかと思います。
とにかく、ファンを喜ばせるのが上手です。
 
コンサートに足を運んだことがある方なら、彼のファンへの思いやりやサービス精神を理解してもらえるかもしれません。
それまでは他の人のファン、あるいは全く興味がなかったのに、コンサートで聖君の優しさに触れて堕ちたというファンも少なくありません。
 
オラオラ煽ってると思いきや、一人一人の目を見て手を振ったり、カメラに向かってニコニコ笑顔を振りまいたり、客席にいっぱい話しかけるし、ぶりっこだってするし、変な発言したらすかさずフォローするし、メンバーとひっついたりしてファンを喜ばせます。
暴走したメンバーが下ネタで盛り上がってる時に「親子席の人ごめんなさい!!」って照れながら謝るのが彼なんです。
 
 
狙ってる部分もまぁまぁあるし、それがあざとく映ることもあるけれど、田中君のファンサービスは、こうしたらファンが喜ぶ、こう言ったらファンが傷付かない、そういうのをちゃんと考えた上での、思いやりに溢れた優しさの賜物です。
 
聖君のその優しい性格は、昔からずっと言われ続けてきた一番の長所であると思います。
 
 
メンバーが何気なく「喉が渇いたな~」とポツリと呟いたら、しばらくして聖君が、沢山のジュースを抱えて走って戻ってきたというエピソードがあります。
 
結成当時はあまり仲が良いとは言えなかった田口君が足を痛めて入院した時、真っ先にお見舞いに駆けつけ、入院中一番お見舞いに行ったのも聖君です。
 
動物が大好きで、飼い主から虐待されていたミニチュアダックスフンドの雷君を引き取り、3年間散歩もしてもらえずに虐待に怯えていた雷君を甲斐甲斐しく世話をし続け、ついには心を開かせます。

KAT-TUNが5人になって、ファンが一番不安に思っていた時期に、「不安にさせちゃってゴメンね」と、ファンのことを気遣って、優しい言葉をくれました。
 
最近ではオフの日に一人で被災地を訪れ、2006年の24時間テレビで知り合った、難病と戦う少年の安否を確認し、その後は避難所を訪れ持参した救援物資を配布したことが話題になりました。
 
 
彼の優しさはやや暑苦しく、歯が浮くような恥ずかしい発言もしちゃうので、偽善っぽいと言われてしまうこともあります。
でも彼の優しさに嘘なんて一つもありません。
自分の為に、ここまでしてくれる人なんてなかなかいません。
 
 
あんな怖い風貌で優しいとか、雨の中、段ボールに捨てられた子犬を抱きかかえる少女漫画の不良を地で行くような人ですね。
人は見た目じゃない、のいい例だと思います。
 
 
聖君は、小学生の頃イジメに遭っていたと語ります。
結構えげつないことをされていたようです。
だからこそ、誰よりも人の痛みが分かるし、周囲に目が行き届くし、困ってる人がいたら手を差し伸べるし、尖がってるようで実は誰も傷つけないようにすごく気を遣ってるし、実は傷つきやすくてナイーブだし、大事に思った人はとことんまで愛情を注ぐんだと思います。
 
 
今年のコンサートで印象的だったのは、常にくしゃくしゃな笑顔でメンバーにツッコむ聖君の表情です。
現在、聖君はメンバーのボケを全て拾って全力でツッコんでくれる役目をしてくれていますが、そこに聖君の優しさや思いやりがつまっているのが本当によく分かります。
もはや母性すら感じます。
 
今、聖君がすごくKAT-TUNを愛しているのがとてもよく伝わります。
こんな優しくて慈悲深い人に愛されたら、もう一生大丈夫だな、と根拠のない自信が持てます。
 
 
KAT-TUNの中で、一番メンバーの魅力を上手く引き出して、操縦することが出来るのは聖君だと断言できます。


 
 

U

次は上田竜也君です。
 
愛称はたっちゃん。KAT-TUNで一番中世的な顔をしているのが彼です。
つい最近はドラマで坊主にし、男らしくなりました。自称、チェブラーシカ似です。
 
彼はメンバーの中で、いや多分ジャニーズ内で最もキャラ変えをした人です。
過去のKAT-TUNを振り返る時、上田君は毎回別人のように見た目もキャラも違っています。
 
「妖精が見える」とか言い出す天然キャラ、マイケルジャクソンを敬愛するダンスキレキレキャラ、泣き虫キャラ、天然ぶりっこキャラ、アーティストキャラ、ドSキャラ、わがままキャラ…、本当に、見た目も中身も、よくここまで人は変わるものだと感心するレベルです。
 
金髪のチリチリパーマでブルーのカラコンを入れ、顔面を白く塗りたくり、トゲトゲのアクセサリーをつけた恐ろしい風貌で、「部屋では蝋燭の灯りだけで過ごしてる…」とか、何かどっかの誰かを彷彿とさせるような台詞を吐いていた時期もありましたが、どれだけ周囲に「何になりたいの?」と言われても、自分の気が済むまでやめませんでした。
そのおかげで今では完全に黒歴史です。
掘り起こしてごめんね。
 

なかなかキャラクターが定まらなかったこともあって、捉えどころがなく、よくミステリアスと評されました。
しかし実際はミステリアスとは正反対で、とっても分かりやすい性格をしています。
もともと影響を受けやすく、またのめり込みやすい性分なこともあり、自分の中でこうと決めたら、それについて誰に何と言われようと、とことん突き進んでしまうのです。

 
勿論、そんなストイックな姿勢は外見にばかり向けられているわけではありません。
 

上田君は、現在のKAT-TUNの音楽的成長においてかなり重要な役割を担っていると言えます。

そんな彼ですが、デビュー前からアーティスティックな才能があったわけではありません。
それどころか、他のメンバーよりも劣っていたと言えます。

 
KAT-TUN結成当初、上田君はメンバーからよく「KAT-TUNのジャイアン」とからかわれていました。
ジャイアンと言えば誰もがご存知の音痴キャラです。
ひどいことを言うもんだ。
 
しかし、確かにまだ若い上田君は表現力も乏しく、その独特の鼻声が、それなりにまとまりのあるKAT-TUNの歌声の中で異質にはみ出して聞こえていたのは事実でした。
まぁ、ぶっちゃけ、上手くはありませんでした。
 
 
歌唱力なんて、もともとの声質で殆ど決まるようなもんだし、ちょっとやそっとの努力じゃどうにもならない問題です。
おまけにジャイアン呼ばわりまでされたら決定的に心が折れそうなものだけど、上田君はここで歌を諦めませんでした。
諦めないどころか、メンバーの中で誰よりも積極的に音楽に関わっていきます。


上田君は、歌唱力向上の為に毎週ボイトレに通いました。
また、歌唱力だけにとどまらず、上田君はピアノやギターなどの楽器に触れ、技術を磨いていきます。
 
そして、デビュー前のコンサートのソロでは、満を持して自分で作詞作曲した完全オリジナル曲を披露します。
 
そこに、音痴と呼ばれていた上田竜也の姿はありませんでした。
歌声に表現力がつき、高音や伸びも以前に比べて格段に出るようになっていました。
そこには、上田君にしか出せない世界がありました。

苦手分野だった歌を、「苦手だから」と逃げずに、ひたすらストイックに極めた結果、上田君は音楽で独自の世界を創り上げることに見事成功しました。
容易いことではない筈です。
 
 
そして、彼はKAT-TUNのメンバーで初めて、ソロライブを実現させることになります。
これは現在に至るまでメンバーの中でも上田君ただ一人です。

かつてジャイアンと呼ばれていた人が、KAT-TUNの音楽面を牽引する役目になるとは、結成当初、誰も予想出来なかったと思います。 

 
上田君の音楽に対するストイックな姿勢は、KAT-TUNのメンバーにも多大な影響を与えたと思われます。
それまで頑なに「作詞はしない」と主張していた中丸君や田口君も、後に作詞をするようになり、KAT-TUNメンバー全員が曲作りに関わるようになりました。
KAT-TUNの音楽性はグッと向上していきます。
 
 
上田君のオリジナル曲の数は、作詞のみの楽曲も含めると、今現在で20曲を超えます。
勿論、メンバーの中でもダントツです。
楽曲は、上田君が一番得意とするバラードを筆頭に、ロック、ポップ、英語曲、おふざけ曲など、バラエティに富んでいます。
ソロライブの都合もあるとは言え、短期間でこれだけ幅の広い曲を作るのは、手腕と情熱がなければ到底こなせません。

また、上田君はソロ曲での演出にもかなりこだわります。
最近は地方公演とドーム公演で披露するソロ曲を変える傾向があるようで、これは恐らく、狭い会場では音楽メインで曲を聴かせ、ドームのような大きい会場では派手な演出でステージ全体を魅せる、など、会場の規模によって相応しいステージ作りにこだわっている為だと推測されます。

そういったことからか、上田君のファンには、アーティストの元ファンが多いです。(勿論そうでない人も沢山います)


上田君の独特の歌声は、今でも好き嫌いが別れるかもしれません。
しかし、妥協せずにこだわり抜いたステージは、見る者を圧倒させ、惹きつけて離さない破壊力があります。

音楽の世界に対するこだわりはメンバーでも勝る者はいません。
彼が存在しなかったら、KAT-TUNの楽曲はガラリと変わっていたと思います。


しかし、音楽に関してはクリエイティブな才能を発揮してる彼ですが、極端なことに、コレと決めたもの以外には全く頓着しません。
自分の好きなもの以外にはむしろ不器用で、ダンスも苦手だし、野菜も切れないし、絵も下手だし、字も下手です。

外見などで、よくクールな印象を持たれがちですが、実はただの内弁慶なだけで、KAT-TUNの中では最も明るくお茶目なおバカキャラです。
その上、落ち着きがないし、気分屋だし、飽きっぽいし、世間知らずで、頑固で嘘つきです。
いつも何か食ってます。おやつは食パンです。バッグにそのまま入れて持ち歩いています。
奔放で子供っぽい性格ですが、それを許せる程の愛嬌があります。 
 
 
田口君が純粋無垢なタラちゃんだとすると、上田君はそれよりも精神年齢の低いイクラちゃんといったところでしょうか。
ちなみに上田君はイクラちゃんのことが嫌いだそうなので、この例えは絶対に不服でしょうね。
多分それ、同属嫌悪ってやつだと思いますよ!
 
 
歌を歌ってる時とそうでない時のギャップが激しく、その相反する二つの顔が、上田君の魅力をより深いものにしています。
 
多分、アーティストとしての顔しか見せなかったら、アイドルとしての隙がなさ過ぎて魅力は減少しちゃっていたと思います。
  
 
普段は不器用だけど、やる時はとことんストイックにやり、決して妥協を許さない。
上田君は可愛い顔に似合わず、KAT-TUNで一番熱く、男気に溢れている人だと思います。


 
 

N

続きまして、KAT-TUNの最年長、中丸雄一君です。
 
愛称はゆっちです。
何とも恥ずかしいあだ名ですが、本人から「ゆっちって呼んで下さい」と言い始めて浸透したあだ名ですので、皆さんどうか恥を忍んで、そう呼んであげて下さい。
好きな食べ物はミルクレープです。OLか。
 
 
さて、彼はKAT-TUNの中で最も「普通」「無個性」と言われて来た人間です。
今まであらゆる場面で普通普通と言われ続け、それがネタとなり、番組で中丸君の普通っぷりに注目した「俺は普通じゃない」という企画まで出来た程です。
 
しかし、中丸君に注目して見ていると、彼が普通じゃないことはすぐに分かるはずです。
これは私見ですが、歌、ダンス、どの局面においてもKAT-TUNの中で一番、二番くらいの成績を残しているんじゃないかと思います。

ダンスに関してはJr時代から最も得意としていたし、歌もメンバー内での評価は一番高いです。
その他、トークの技術、学力、画力、文才など、どれをとっても確実に平均以上のスキルがあります。
総合的に見たら、KAT-TUNで一番何でも器用に出来るのは中丸君に違いありません。
 
何をやらせてもソツがなく、これと言った欠点がない。
中丸雄一に死角はありません。
 
 
全てが平均的によく出来る為、突出した個性がないように映り、結果、「無個性」という評価に繋がるのかもしれませんが、実際のところ、彼自身のポテンシャルは非常に高いです。
「これだけは負けない」ではなく、「何をやっても大抵勝てる」んです。

しかし、彼自身も個性の強いKAT-TUNというグループに属し、自分自身の個性の出し方について、深く悩んだといいます。
中丸君は「誰にも負けない自分だけの特技を見つけたい」と思い始めます。
そこで出会ったのが、ボイスパーカッション(ボイパ)です。

やり始めた最初の方は、それはそれは音がカッスカスで正直あまり褒められたものではありませんでした。
ファンも「え?いきなり何始めだした?」と戸惑ったものです。
それでもしつこく粘り強くライブのたびに時間を割き、ボイパを披露し続けました。
プライベートの時間も練習に明け暮れ、メンバーにも「いつもブツブツ言っててキモい」と不気味がられる程没頭します。
やがて、技術はどんどん向上し、ファンのリアクションも「あれ…?何かすごくね…?」に変化していき、メンバーも次第に馬鹿にすることはなくなりました。
 
 
そして今では、ファンは勿論、ヒューマンビートボクサーも評価するレベルのスキルを身につけました。
その技術は少なくともアイドルを逸脱するレベルです。
現在、Wikipediaの「ヒューマンビートボックス」の項目で、日本のビートボクサーとして、彼の名前は三番目に紹介されています。
勿論、ジャニーズでは唯一です。
 

中丸君を「無個性」と言う人に、是非ライブでボイパを披露する彼を見て欲しいです。
たゆまぬ努力で身につけたボイパを広いステージで披露する彼を、何万人ものファンがただ静かに聴き入るあの空間を目撃したら、中丸雄一を「普通」だなんて、絶対に言えない筈です。

彼のボイパはKAT-TUNの楽曲に欠かせないアクセントとなっており、沢山のグループがいる中で差別化を図れた、KAT-TUNの武器であり、個性となっています。
彼は、「誰にも負けない特技」を、自らの練習の積み重ねにより、手に入れたのです。
 
これはKAT-TUNの誇りです。
 
 
しかしこれだけ「普通じゃない」とせつせつと言っておいてアレですが、中丸君の持つ「普通っぽさ」も、KAT-TUNにとっては大きな役割を果たしていると感じます。
 
 
中丸君はかなり保守的で、本人曰く、石橋を叩いて渡らない性格です。
かっこつけナルシスト(←いい意味です)が集まるKAT-TUNの中、彼はカメラに向かってウィンク一つできません。

「ジャニーズの異端児ばかりを集めた不良グループ」と言われているオラオラ成分高めのKAT-TUNですが、彼だけはどこか、大学生のような身近な親近感を感じたという人も多いと思います。
実際彼は現役の早稲田の大学生であり(かっこいい)、現在は「シューイチ」という情報番組にも出演している(かっこいい)というクリーンなイメージから、グループの中で、一番「安心して応援できる人」と言えるかもしれません。

もし彼がKAT-TUNのメンバーじゃなかったら、一生KAT-TUNを応援することはなかったというファンも恐らく少なくないでしょう。
 
 
「オラオラこっち来いよおめぇら!声出せねーなら命はねえからな!!」と開けられた豪華絢爛なド派手な門の前を「やーねー、下品ねー」と避けて通っていた人達に、「こちらからでも入場出来ますよー」と、入りやすいシンプルな入り口を作ってくれているのが彼なのです。
 
彼の「普通っぽさ」は、KAT-TUNの新宿歌舞伎町臭を多少マイルドにしてくれるだけにとどまりません。
グループの中でもかなり重要な役割を果たしています。
 
 
中丸君は、その人柄の良さから、メンバーの中でかなり慕われています。
打てば返すリアクションの良さ、メンバーから後輩まで可愛がる面倒見の良さ、誰とでも飯に行くフットワークの軽さ、どれだけイジっても受け入れる心の広さ、まぁ時々無自覚に暴言を吐いてメンバーを震撼させることはあるのですが、基本的には誰に対しても優しくていい人です。

自由奔放なメンバーは、そんな寛容なお兄ちゃん気質の中丸君が大好きです。
 
 
KAT-TUNのファンなら、一度は「中丸になりたい」「中丸、そこ変われ」と思ったことがあるでしょう。
それくらいメンバーの中丸愛はファンの目から見ても相当なものです。
特に、マイペースなAB型田口君を除くメンバー、亀梨、上田、田中のB型三人組の愛情はそれぞれかなり重くてヘビーです。

かまってほしくて仕方なくて、「中丸~!中丸~~!中丸~~~~~!」と常にくっついてくる亀梨君。
プライベートでは一番一緒に過ごしていると公言する、長年の付き合いの上田君。
「中丸は命に代えても守りたい」と、「え?何から?」と問いたくなる程熱く語り出す聖君。
と、かなり胸焼けしそうな愛情を毎日毎日受けています。
 
ファンにしてみたらかなり羨ましいポジションですが、本人は喜ぶどころか、かなりのポーカーフェイスでそれらの愛情を受け流しています。 
 
 
これだけ毎日一心に愛情を受けてれば当然の理屈かもしれませんが、KAT-TUN内のヒエラルキーの頂点に立っているのは、他でもない中丸君です。
田口君と同じくイジられキャラを甘んじて受け入れているものの、オラオラ言ってる不良風情の亀梨君も上田君も聖君も、また、脱退した元メンバーの赤西君さえも、中丸君には強く出れません。
KAT-TUNの平穏は中丸君によって守られてると言えるし、逆に中丸君の機嫌を損ねたら終わりとも言えます。
 
実際、彼は唯一誰にも殴られたことがないらしいです。
おまけに「殴れない」とか宣言までされてる。
「うっかり殴っちゃったらその後一年ずっと優しくする」とまで言われてる。
 
え?何…?神…?
 
 
メンバー同士、しょっちゅうぶつかり合って喧嘩をしていたKAT-TUN。
個性が強過ぎてお互いがお互いの主張を譲らない中、何でも受け止めてくれる中丸君は、メンバーにとって非常に大きな安心感を与えてくれる存在なのかもしれません。
バラバラな方向に散っているメンバーの、ちょうど真ん中に彼が存在することで、KAT-TUNは一つにまとまったんじゃないかと思います。

そんなわけで、勿論誰一人欠けてはならないことを前提にあえて言わせて頂くと、KAT-TUNにとって一番欠けたら困るのは、グループの調和を作っている中丸君であると私は思います。
彼がいなければ、デビューに漕ぎつける前に、とっくにギスギスし過ぎてグループを解消していたと予想します。
 
 
中丸君はKAT-TUNの柱と言っても過言じゃありません。


 
 

K

最後は亀梨和也です。
愛称はカメ、カメちゃん、などが一般的ですね。
KAT-TUNの最年少の野球バカ。つい最近26歳になりました。おめでとう。
 
 
さて、「KAT-TUN」というグループ名を聞いて、多くの人がまず真っ先に思い浮かべる顔は、恐らく亀梨君の顔かと思われます。
(勿論、他に贔屓にしているメンバーがいる人はその人の顔が浮かぶと思いますが)
 
それくらい亀梨和也はデビュー前から現在に至るまで、メンバー中一番メディアに露出してきました。
KAT-TUNの看板的役割を果たしていると言えます。 

KAT-TUNは個性的なメンバーの集まりだと、もういい加減しつこいくらい説明してきていますが、そんなメンバーの中心に立っている亀梨和也はさてどうか?と問われたら、まず間違いなく個性的ではあるんだけど、それが何かを説明するのは難しいです。
 
コンサートでは、メンバーの個性を活かしてそれぞれ違った特技を披露するような演出をすることがよくあります。
その際、田口淳之介はアクロバットやジャグリング、タップ、田中聖はラップ、上田竜也はギターやピアノ、中丸雄一はボイパ、元メンバーの赤西仁は歌、と言うように、そのメンバー特有の武器とも言える個性をそれぞれ披露するんですが、亀梨和也には「コレ」と説明出来るようなアイドルとしての明確な個性が 、実のところ、ありません。
そういう時、大体彼は尻をプリプリ振っています。
別にお尻が武器とか個性的とか、そういうわけじゃないですからね。
あながち間違ってもないけど。全然。
 
 
 
確かに彼には他のメンバーのようなアイドルとしてプラスになるような特技はこれといって持っていません。
でも彼には、誰にも負けないものが一つあります。
 
 
それは、彼の最大の魅力である、プロ根性です。
 
 
亀梨君はもともと生粋の野球少年で、華々しい芸能界とは程遠いところにいました。
そんな亀梨君ですが、考え方は誰より早熟で、メンバーの中で最年少ながら、誰よりも早い段階で、誰よりも真剣に、野球少年らしい泥臭い努力とド根性でアイドルとしての道を極めていきます。
 
 
昔、まだデビュー前の頃、KAT-TUNのコンサートで亀梨君がバク転をした時に舞台のステージから転落するというハプニングが起こりました。
バク転しながらだったので落下地点も高さがあり、普通に落下するよりもかなり危険でした。
もうコンサートも終盤で、残す曲も数曲程度だったので、このまま亀梨君は出ないで、病院に搬送されるのだろうなと誰もが思いました。
 
 
でも、亀梨君は、数曲後には痛々しく体を動かしながらステージに戻ってきて、歌を歌いました。
歩くことさえ覚束ない様子でしたが、彼は足を引き摺りながらもコンサートを完走し、アイドルとしての仕事をやりきったのです。
 
その日、コンサートを終えた亀梨君は一時的に入院することになるんですが、次の日も病院から会場入りし、予定通りコンサートに出演します。
腕には大きな傷跡が出来ていたし、腰も全然曲がらなかったけど、彼はその腕でファンに手を振り、最後はファンに向かって頭だけを深々と下げてお辞儀をしました。
ステージでは常に笑顔で、少しも辛そうな顔は見せませんでした。
 
 
そしてその翌年、亀梨君にとって大きな転機が訪れます。
 
タッキーが座長を務める舞台の代役として、主演に抜擢されたのです。
このことをきっかけに、彼のプロ意識はますます磨かれていきます。
 
しかしその一方で、亀梨君はこの頃、グループ内で孤立するようになったと語ります。
  
KAT-TUNとしてより良い仕事をするために、亀梨君はメンバーのセンターに立ち、メンバーに対しても言いたいことを全てぶつけました。
しかし、まだそこまでプロ意識が追いついてないメンバーにとってはそんな亀梨君が目の上のたんこぶのような存在に映っていたようです。
 
彼の熱意は伝わらず、気持ちはすれ違い、亀梨君と5人の間に温度差が生じるようになります。
それは、その後も亀梨君のソロの仕事が決まり、ドラマの主演も決まり、KAT-TUNとしてCDデビューする前に「修二と彰」でCDを発売することが決まり、彼の仕事が順調に決まっていくことでどんどんと浮き彫りになっていきます。
 
 
確かに2004年からデビュー後しばらくは、明らかにそれ以前と違うギクシャクした空気が亀梨君の周囲に取り巻いているように見えました。
それまでは仲の良い学生のようなノリだったのが、このあたりの時期から亀梨君はKAT-TUNを商業的に見るようになり、メンバーとの関係も仲の良い友達からビジネスパートナーへと変化していくように感じました。
一人どんどんと先を行く亀梨君に焦りや不安や嫉妬を感じるメンバーと、「どうして皆本気にならないんだ」と思って焦れる亀梨君の間には、当時は想像しか出来なかった私の目から見ても深い溝があるように感じました。
  
孤独を抱えながらも、亀梨君はそれがKAT-TUNに還元されると信じてがむしゃらに働きます。
デビュー当時の彼の活躍っぷりは、皆さんも記憶にあると思います。

 
超多忙だった2005~2006年のデビュー前後二年間だけに絞って見てみます。
この二年だけで、出演したドラマは連ドラ4本、単発2本ゲスト出演1本の合計7本。(内5本は主演)
CMの量は28本。(多分ね)
KAT-TUNとして行ったライブは合計3タイトルの67公演。
座長を務める舞台は2本の72公演。
 
勿論これ以外にもCDレコーディングや歌番組出演、番宣、数々の雑誌撮影、バラエティの出演、ジャニーズ恒例のバレーボール巡業などなど、その仕事量は枚挙にいとまがない程です。
どう考えても二年で行う仕事量じゃないですね。
マジキチスケジュールです。
 
この当時、彼は一年で三日しか休みがなかったと語っています。
362日出勤の年休3日です。
 
 
当時の亀梨君のファンからは「カメを休ませて><!」「カメが死んじゃう><!」などの言葉をよく耳にしたものです。
そんな鬼気迫るファンの声をよそに、亀梨君は「疲れた」「辛い」などの文句は全く言いませんでした。
ドラマや舞台の現場では、常に笑顔で場を盛り上げていました。
 
 
しかし、出る杭は打たれるもので、デビューしてからKAT-TUNの知名度や人気はかなり上がる一方、悪印象を抱く人もかなり増え、批判や中傷の声もかなり多く聞こえるようになりました。
そういう時に名前を出されるのは、決まって亀梨君です。
亀梨君はKAT-TUNの看板として、世間やマスコミからの攻撃の矢面に常に立たされる立場でもありました。
 
 
実を言うと亀梨君は決してメンタルが強い方じゃありません。
プレッシャーにも弱く、昔は大きい仕事の前は食事が喉を通らなくなり、ひどい時は体重が42kgにまで落ち込んだこともあります。
 
殴っても殴っても倒れないような強靭さを持っているわけでは決してありません。
どちらかと言うと、殴られるたびに倒れて、ボロボロの体になりながらもそのたびに諦めずに立ち上がっていくタイプです。
しかも、本当はボロボロなのに「俺、全然平気だし(キリッ)」と涼しい顔しちゃうタイプなんです。
 
 
亀梨君はカメラの前で弱音や辛そうな姿を絶対に出しません。
それと同様に、亀梨君は一度もステージで涙を見せたことがありません。
デビューコンサートで感極まって泣ききそうになった時も、慌てて髪の毛をぐしゃぐしゃにして顔を隠しました。
 
恐らく泣き顔を見せると、きっとアイドルとしての亀梨和也ではなく、一人の男性としての亀梨和也に戻ってしまうからなんじゃないかな、と邪推します。
 
 
プロ根性の塊の亀梨君は、野球少年だった自分が今まで努力して築き上げたアイドルとしての自分の偶像を壊すことをしたくないんだと思います。
 
「アイドルの亀梨和也」と「亀梨和也」をきっちりと住み分ける。
それが亀梨君のプライドなんだと思います。
 

亀梨君はスーパーでカボチャを袋につめてる時にファンに話しかけられただけで、すげぇ心折れたと言っていました。
ファンの前では、いつでもプロのアイドルとして立っていたいんだと思います。
 
だから、スーパーでカボチャを手にした彼を見かけたら、出来れば知らないふりをしてあげて下さい。
アイドルがカボチャなんて、亀梨君にしてみたら絶対にあっちゃいけない組み合わせなのです。きっと。
 
 
そんな亀梨君ですが、唯一Going!では、一切アイドルとしての自分を出してないと語ります。
Going!の仕事をしている時は、アイドル亀梨は求められていないことを理解しているし、一人の野球を愛する者として全力で取り組んでいます。
だから泥だらけで野球しちゃうし、パンパンになるまで体も鍛え上げちゃいます。
アイドルに戻った時に、衣装がキツくなってるという現実に動揺しちゃったりします。
 
最近では、その誠実な姿が評価されつつあり、亀梨君自身の批判が少なくなっているように感じています。
アイドルとしての亀梨和也の面しか知らなかった人が、一人の男性としての亀梨君の一面を見て、受け入れてくれたのかもしれません。
 
 
亀梨君は自分がアイドルであることに責任を感じているし、アイドルとしてあるべき姿をファンに提供してくれます。
コンサートでは、わざわざサングラスを着用し、ここぞ!という時に上げてウインクをぶちかまします。
そこで「キャー!」ってなるのが分かってるからです。
腰をクイッ!と突き上げたり、お尻をプリプリ振ってるのも、全部「キャー!」ってなるのが分かってるからです。
その計算がたまに間違った方に行き、「えっ??」ってなることもなきにしもあらずですが、それも全てファンを喜ばせようとしてくれたことなので、そういうトンチンカンなところもファンにとってはたまらなく愛おしく感じるのです。
 
 
もしかしたら、彼には野球以外にズバ抜けた才能はないと言ってもいいかもしれません。
 
それなのに、ステージに立った時の亀梨和也の圧倒的な存在感には目を奪われるのは、亀梨和也という存在にはKAT-TUNとしての覚悟がつまっているからだと思います。
KAT-TUNとして生きていく覚悟を決めた、亀梨和也という存在自体が、もう既に亀梨君の個性であり、KAT-TUNの武器になっています。
 

亀梨君はKAT-TUNで一番、KAT-TUNを諦めなかった人です。
常に先頭に立ち、沢山攻撃を受けようとKAT-TUNを引っ張り続けました。

デビュー前の雑誌で、亀梨君がインタビューで「俺が一番のKAT-TUNファン!」と語っていたことがありました。
その言葉に、きっと嘘偽りはありません。 


亀梨君は「KAT-TUNがなきゃ、俺は亀梨和也じゃいられない」と発言しています。
亀梨和也という人間は、KAT-TUNというグループによって形成されたと言っても過言ではありません。


 
これが、今のKAT-TUNのメンバーです。
 
 
今のKAT-TUNを語るにあたり、避けて通れないのは、6人から5人になったという事実です。
 
 
私はこのことについて、今まであえて触れないように、何となく表立って口に出さないで来たんですけど、それでもKAT-TUNが6人組だったのは紛れもない事実だし、今のKAT-TUNが5人組なのも紛れもない事実です。

 
前回のコンサートツアー「NO MORE PAIN」は、ちょうど6人から5人になる騒動の渦中に行われました。
様々な憶測が飛び交う中幕を開けたそれは、ファンもメンバーも混乱の中にポンと投げ込まれたような、そんなコンサートでした。

信じる人もいれば許せない人、諦める人、悲しむ人、色んな想いが錯綜していました。
とにかく殺気立っていて、何かもう一触即発というか、会場にいながらにして戦争でもしてるのかなっていうくらい不穏な空気が張り詰めていたのが印象的です。

今思い返しても、コンサート直前の記者会見で脱退発表って、本当に残酷だったなと思います。
メンバーもファンも、あの場にいた全員がそれぞれに傷だらけでした。
 
あの時、ステージに立った5人の背後からは、壮絶な覚悟とプライドが漂ってるように感じました。
 
人数が減ったことにより、精神的なダメージを受けることは勿論、実質的な利益の損失もあったと思います。
そんな逆境の中、「5人になってからダメになったとは言わせない!」と言わんばかりに必死に頑張るメンバーの姿は、勇ましくもあり、痛々しくもありました。

「NO MORE PAIN(これ以上痛みはいらない)」というツアータイトルは、当時の彼らの心境をまさに表していたと思います。 
 
 
あれから2年経ちますが、ファンの間では前程ではないにしろ、今でも5人派とか6人派とか1人派とか、派閥同士で摩擦が少なからず生じているのが現状です。
これに関しては、誰を中心に応援していたかによって、ファンの思い入れも立ち位置も変わってくるので致し方ないことと思います。
これはもう、KAT-TUNに一生つきまとう問題だし、完全に解決することも無理だと思います。
 
 
KAT-TUNって相当鳴り物入りでデビューしたじゃないですか。
ごくせん大ヒットにあやかって、すごいド派手にデビューさせてもらって、いっぱいテレビに出させてもらって。
実際、あの当時は本当に誇張抜きでKAT-TUNの文字を見ない日はなくて、「飛ぶ鳥を落とす勢い」って、もうそろそろ鳥も絶滅するだろくらい何度も言われてきました。
 
だからどうしても、5人になった今、傍目から見たら落ち着いてしまってるように映っちゃうと思います。
落ち目と捉える人も、もしかしたらいるかもしれません。
 
確かに落ち着きはしたと思います。
でも、それは落ち着くべきところに落ち着いただけです。
デビューして半年で留学、1年後に6人に戻って、4年目でまた分裂、その半年後に脱退、と、とにかく激動だった4年間を振り返り、メンバー全員「落ち着きたい。落ち着くべき」と語りました。
前に進む為に落ち着いたんです。

激動の5年間を経て、KAT-TUNは今、ここに来てようやく地に根を張ったのです。
 
 
先日、KAT-TUNのコンサートツアー「CHAIN」に行ってきました。
このコンサートに入らなければ、私はこんなに躍起になって「今のKAT-TUNを知ってもらいたい」なんて思わなかったかもしれません。
 
入る前と入った後で、こんなにも自分のモチベーションが変わるとは思いませんでした。
甘く見てました。KAT-TUNを。 
 
 
今までのKAT-TUNのコンサートは魅せるコンサートでした。
とにかく派手な演出でエンターテイメント性が高いのがウリで、ステージから勢いよく噴き上げる噴水の上に立ったり、でっかい扇子の上でクルクル逆立ちしたり、馬に乗ってパッカパカ花道を走ったり、(中丸君を乗せた馬が馬糞かましたのはいい思い出です)「え?サルティンバンコ?」みたいなパフォーマンスが平気で行われたりします。
 
コンサートの演出のクオリティは確かに高くて、圧倒的なスケールです。
だけど、楽しませるという点では他のグループに比べて意識が薄いように感じてました。
 
勿論、楽しませようという気持ちが決してなかったわけではないと思いますが、「自分達のやりたいことをやって、それを見てもらう」という意識の方が強く、それは自分達の信念を貫いているとも言えますが、「受け入れてくれない人はついてこなくてもいい」という排他的な姿勢でもありました。

そのやり方は、個々としては成長していってるかもしれないし、結果としてKAT-TUNとしての母体も大きくなっているんだろうけど、実はあまり前には進めてないというか、井の中の蛙というか、結局“KAT-TUNを受け入れてくれる人しか楽しめない世界”から抜け出せていないように思いました。
KAT-TUNのファン以外の人が見たら、「すごい」とは思うかもしれませんが、どこか疎外感を感じるようなコンサートだったと思います。
それがすごいもったいないなって思ってました。
 
極論を言えば、受け入れてくれる人達でさえも、そこにいなくても成立しちゃうようなステージだったと思います。
それくらいステージとファンの間には壁があるように感じてました。
 
 
それはそれで、素敵なステージを見せてくれればそれでいいと言う人もいると思います。
「アイドルらしくないからこそ好き」って人も沢山いると思います。
それはもう好みの問題だから否定しないし、それぞれの応援スタイルがあっていいと思います。
 
「KAT-TUNはジャニーズらしくないところが魅力」とよく言われてきたし、確かにそれはKAT-TUNの強味だし、個性であるとも思います。
でも、ファンもメンバーも、その言葉を便利な逃げ道にしてたところが多少なりともあったと思います。

ジャニーズに所属している以上は曲がりなりにもアイドルなんだから、「KAT-TUNだからやらなくていい」は通用しないと思うんです。
 
 
それが今回、革命的に変わっていました。
 
 
今回のコンサート「CHAIN」は、初めて演出家をつけず、KAT-TUN5人が考えて作ったそうです。
 
私にとって、このコンサートがKAT-TUN至上、一番の出来だったと思います。
 
「KAT-TUNのDVDで何が一番お薦め?」と聞かれたら、この先、私はこのコンサートのDVDを自信を持ってお薦めします。(まだ発売されてもないけど)
 
今回のコンサートは、とにかくファンを楽しませることに重きを置いた、CHAINという名前の通り、ファンと繋がる為のコンサートでした。
 
去年行われる筈のコンサートが震災の影響で中止になって、今回のコンサートは前回から2年も間が空いたんですけど、その2年の間、KAT-TUNはただくすぶっていたわけではなくて、私達の知らないところでチームとして凄く成長していたんだな、と感じました。
 
意識改革は2年前の「NO MORE PAIN」から始まっていたけど、それが今回の「CHAIN」でちゃんとグループとしていい方向に進み始めたように見受けられました。
 
今回のKAT-TUNのコンサートは、例えKAT-TUNの曲を一曲も知らない人が見ても、楽しめる作りになっています。 
求められるものに応えるだけじゃなく、それ以上にして返せるようになっていたし、何よりKAT-TUNとファンの間にあった壁なんか、本当に1mmも感じないくらい距離を近くに感じました。
 
今までの「魅せる」要素もちゃんと残っていながら、ファンを置いてけぼりにもしない。
何よりKAT-TUNのメンバーが、お互いを信頼して、それぞれの魅力を引き出しながら動いているのが伝わりました。
前まではone for oneで突っ走ってきていたのが、one for all、all for oneに進化していて、グループとしての絆を本当に強く感じたんです。
あ、今、KAT-TUNは凄くKAT-TUNが好きなんだろうな、と、もしかしたらファンをやってて初めてそんなこと思ったかもしれません。

KAT-TUNが伝えようとしてくれたことは、ちゃんとファンにも届いたようで、このコンサートの評価は私の周りでも絶賛の声ばかりです。
恐らく皆、KAT-TUNの先行きに不安を感じていたり、ファンとメンバーの距離を寂しく感じていて、それが今回、ようやく報われたような気がするからなんじゃないかと思います。
 
 
確かに今までは6人で歩いてきたし、トガったイメージだったり、クールなイメージだったり、ジャニーズらしくなかったり。それがKAT-TUNでした。
 
今までの6人で歩んできた歴史をなかったことには出来ないし、したくないです。
 
亀梨君の落下事故、田口君の入院、グループ内の不和、赤西君の留学、脱退、そういった壁を一つ一つ乗り越えて、今の5人のKAT-TUNがあるからです。
 
私は、今の、2012年現在のKAT-TUNに、限りない可能性を感じています。
デビュー時のような、目に見える派手さこそありませんが、内なる勢いをそりゃもうビンビン感じてます。
それはデビュー時と同じくらい、あるいはそれ以上だと思っています。
 
 
コンサートの最後、田中聖君が手を広げて「これがKAT-TUNです」と静かに言った言葉の裏には、覚悟と自信が窺えました。
 
KAT-TUNのメンバーは、今の現状を口を揃えて「再デビュー」と言います。
今、ようやくKAT-TUNがグループとして動き始めたんだと思いました。
 
今はまだ走り始めたばかりで、世間的にはいまいち地味に映るかもしれない。
飛ぶ鳥を落とす勢いもないかもしれない。
売り上げもパッとしないかもしれない。
 
でも、今はメンバー同士がしっかり手を握って同じ場所を目指しているのを感じます。
それが凄く心強いです。
今のまま、目の前にいるファンを、KAT-TUNというグループを大事にしていけば、いつかは絶対花が開く時が来ると信じています。
 
 
 
今、KAT-TUNはすっごくすっごくいいグループなんだよ!!って自慢したい気持ちでいっぱいです。 
だから、もし、今までのKAT-TUNに良い印象を持っていなくて敬遠している人がいたら、「それは誤解です!」と教えてあげたいし、今のKAT-TUNを見て欲しいなって思います。
そんでもって、出来れば少しでも好きになってもらいたい。
本当、いよいよ鬱陶しくなってきましたね。
 
 
 
私は、KAT-TUNを応援してきて、今が一番幸せです。
ファンでいることがこんなに誇らしく思えることが本当に幸せです。
 
 
 
長くなりましたけど、ここまでお読み頂きました皆さん、本当にお疲れ様でした。
 
少しはKAT-TUNに対する印象が変わりましたでしょうか?
良い風になら、それはすっごく嬉しいです。
もし、うっかり悪い風に変わってしまったなら、それはもう、アレです。忘れて下さい。
一刻も早く寝て、記憶全部消去して下さい。
嘘ですからね、全部。信じちゃダメですよ。こんなステマ。
 
 


KAT-TUN6周年おめでとう!!
7年目のKAT-TUNが、もっともっと大きくなりますように!!
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